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2012年5月22日 (火)

島最北端を目指して

ひたすら北へ向かうほどに道はせまくなり、すれ違う車の数もなく・・・

右手に迫り来るヤンバルの森と左に打ち寄せる海を縫うように走り続けて・・・と、遠い(゚ー゚;


沖縄本島最北端、辺戸岬(へどみさき)

高さ20mの隆起サンゴ礁の断崖は男性的で雄大。

足元は浸食されたギザギザの珊瑚なので転んだりしたら顔面血だらけ間違いなしbearing

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碧い海が果てしなく広がる先には与論の島影。

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復帰前は沖縄にとって与論島(日本)は外国。

復帰を叫ぶ集会の焚き火に呼応して与論も焚き火の火でエールを送ったそうです。

日本に一番近いこの地にある復帰の碑。
Hont095_2

全国のそして世界の友人に贈る・・・メッセージはこう続きます。

吹き渡る風の音に耳を傾けよ。権力に抗し復帰をなしとげた大衆の乾杯だ。
打ち寄せる波濤の響きを聞け。戦争を拒み平和と人間開放を闘う大衆の叫びだ。
鉄の暴風やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き、米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。
祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声はむなしく消えた。

(中略)

今踏まれている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚き火の大地なのだ。
一九七二年五月十五日、沖縄の祖国復帰は実現した。
しかし県民の平和の願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。
しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのではなく、まして勝利を記念するためにあるのでもない。
闘いを振り返り、大衆を信じ合い、自らの力を確かめ合い、決意を新たにし合うためにこそあり、
人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の摂理のもとに生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。



日本は沖縄に対してどのような姿勢をとり続けてきたのか、折しも40周年の今、決意は褪せる事なく問われ続けている気がするのです。think




茅打ちバンタ
(かやうちばんた)

辺戸岬 の手前の宜名真トンネルの上にある景勝地。

バンタとは崖を意味する方言で、約70mの絶壁。

その名は「茅を投げ込むと吹き上げるほど風が強い」事から由来しているといわれています。

崖の上の展望台を横から見るとせり出してるのが分かるでしょ?

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見下ろすとお尻がムズムズしますcoldsweats01
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エメラルドグリーンに輝く海が広がっています。

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notes東バンタ  /パーシャクラブ 

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コメント

辺戸岬!
2002年3月に行きました。
その時も、与論島見えましたeye
その時、一緒に行った友達は、
与論に行ったことあるそうな。
一度行ってみたいです。

mikomikoさん

10年前ですね。
たぶん変わってないと思います。
復帰の碑と展望台以外は何も無い所でした。

宮古、八重山諸島ばかりの離島制覇に余念がありません。
与論や奄美は鹿児島県という観念からか行ったことがないのです。
言葉や文化は琉球そのものなんですけどね。
次の渡沖はどちらへいらっしゃるのでしょう?smile

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